今年の成人式。千葉県浦安市では市長が「出産適齢期は18歳から26歳」と若い年齢での出産を要望するような発言をしたことで話題になった。しかしいくら一般的な「出産適齢期」を言われたところで、自分やパートナーの気持ちや環境がそれに伴うかはわからない。「いつ産むか」だけではなく、「産むか産まないか」を迷うカップルもいるだろう。 選択肢が多い現代の葛藤をすくいあげたのがコミックエッセイ『産まなくてもいいですか?』(幻冬舎)だ。31歳の主人公・チホは結婚2年目。子どもを欲しくないわけではないが、積極的に欲しいとも思えない。「二人で今までうまくいっているこの生活をわざわざ変える必要がある?」と悩む……。 刊行のきっかけを、著者の小林裕美子さん、担当編集者の羽賀千恵さんに聞いた。 著者の小林裕美子さん 「産まなくてもいい?」は言いづらい――書籍の企画が立ち上がった経緯を教えてください。 小林裕美子さん(以下、小林):2014年の夏に羽賀さんからお話をいただいたのが最初でした。その頃、ちょうど私は妊娠中で。
羽賀千恵さん(以下、羽賀):出産後に改めて状況をうかがったところ、ご興味を持っていただけました。小林さんは、介護や出産などさまざまな状況に置かれた女性の気持ちを丁寧に描いていらっしゃるので、この難しいテーマも素敵に描いてくださるに違いないと。 ――小林さんはご著書の中に、不妊症治療がテーマの『私、産めるのかな?』(河出書房新社)もありますね。 小林:30代半ば頃に不妊症ということがわかり、それから治療をしました。『私、産めるのかな?』は経験に基づいたところがあります。『産まなくてもいいですか?』は以前の自分自身の気持ちを掘り起こしながら、複数の女性への取材を元に描いたものです。 ――どんな取材だったのでしょうか? 小林:結婚はしているけれど、まだ子どものいない女性に話を聞きました。主に首都圏在住の30代女性ですね。みなさんバリバリ仕事をされている方だったのですが、「ゆくゆくは欲しい」という方もいれば「本当に子どもに興味がない」という方もいらっしゃいました。 ――羽賀さんはどのような理由からこの企画を考えたのでしょうか? 羽賀:私自身、子どもが欲しいのかどうかよく分からない状況にいました。でもそういう気持ちって話すのが憚られるというか、女の人に対して「子どもを産んで育てたいと思うのが当然だ」とか「それこそが幸せだと思うべき」みたいな空気がまだまだ根強くあるなと感じていたんですよね。出産って自分以外の人の意思や価値観がつきまとってくるもので、そういう意味では社会的行為。でも、個人としては「産みたいか産みたくないかわからない」「悩むなあ」という気持ちの人って、本当は多いんじゃないかなと思います。そういう人達が「私だけじゃないんだ」と思える本が意外となかったので、小林さんにぜひ書いていただきたいと。 ――「欲しいか欲しくないかわからない」という悩みは、首都圏在住で自立して働いている女性特有の「贅沢な悩み」のように言われることもあるような……。 羽賀:企画するにあたっていろいろ調べていたときに、地方在住の専業主婦の方のブログにも、悩む気持ちが書かれていました。地方在住の方がこういう悩みを持つと、首都圏に住んでいるよりもさらに言いづらい空気があるのではないかと思います。 『産まなくてもいいですか?』より 子どもができないとわかったら、欲しくなった――取材をする中で、驚いたことはありますか? 小林:悩んでいる方は多いと思っていましたが、一方で「絶対に子どもはいらない」と決めている方もいました。その方は老後のことなども考えた上で、すごく固い意志でそう決めていました。 ――産まないという決断も、なかなかできることではないですよね。 小林:そうですね、多くの方は決められずにモヤモヤしている感じでしょうね。自分はあんまり欲しくなくても旦那さんや親戚が欲しがっているとか、そういうプレッシャーに影響されてしまうこともあると思います。私も結婚して数年は全然子どもに興味がなかったんですが、まわりからのプレッシャーがなかったので、だらだらと産まない状況が続きました。 ――小林さんはいつ産むことを決めたのでしょうか? 小林:不妊症ということがわかって、「子どもができないんだ」と実感したら焦りが出てきたんです。「いつかできるだろう」と思っている間はそう思わなかったのに、いざできないとわかると反対の感情が湧いてきて、最終的には治療してまで産みました。それと、私の親は70代なんですが、親が老いていく姿を見ていると自分たちが老いていく姿も見えてきて。そういう中で子どもっていう存在が希望の光になるような気もしたんですよね。そういう経験があるので、今欲しくない人でも何年か後にすごく欲しくなることはあるのかもしれないと思います。 「産みなよ」と安易なことを言いたくなかった――少子化が問題となる中で、「出産適齢期」の話が取り沙汰されています。 小林:私は40歳で産んだので、やっぱりいろんなリスクがありました。検査の中でも不安なことがたくさん出てきたので、やっぱり若いうちに産んだ方が良かったとは思いましたね。でも、産むかどうか悩んでいる方はあまり焦らないで決めてほしいです。旦那さんとよく話し合って、自分達にとって1番良い方法を見つけてほしいです。 羽賀:産んでいない女性を追いつめるようなことばかり言っても、1人でどうこうできる問題ではないですし。女性の年齢ばかり取り沙汰されることが多いですが、情報のバランスが悪いなあと思います。 ――政策を決める政治の場では、こういう微妙な気持ちはなかなか汲み取れないのかも。 羽賀:私も企画を考えていたときは結構怒りモードでした。「日本じゃなければこういう気持ちを抱かなくていいのに」と思っていたぐらい。でもそれをストレートにぶつけたら面白いものにならないので、小林さんといろいろ打ち合わせして、義憤みたいなものはなるべく抑えていただくようにしました。小林さんにもそういうお気持ちの時はあったけれど、せっかく今はご出産されて、両方の気持ちを知るフラットな立場にいらっしゃるから。 小林:子どもが欲しくなかったころの自分は、自分の思ってることと反対のことを言われるとカチンと来たりしたんです。やっぱり人それぞれいろんな状況、考えがあるので、「産みなよ」みたいな安易なことを、主人公やまわりの人に言わせたくありませんでしたね。決めつける表現はしたくなかったです。 『産まなくてもいいですか?』より 産む人も産まない人もそれぞれの立場で――漫画の中でもいろんな意見が出てきますよね。 小林:はい。子どもが欲しくないと思う人は何かトラウマを抱えているのかなと思っていましたが、取材をしてみるとそういうわけでもありませんでした。その人の家庭環境がどうであれ欲しいと思う人は欲しいと思うし、家族を増やしたいと思う人と思わない人の間に、育った環境や両親の影響はそんなに関係ないという意味も込めて、主人公のプロフィールを作りました。 ――同じ思いを抱える女性以外の手にも届くと良いですね。 小林:そうですね。男性にも読んでもらえればいいなと思います。現代の女性たちが今どんな状況に置かれているのか、積極的に子どもが欲しくないと思わせるものは何なのか。女性が「産まなくてもいいですか?」と思わず感じてしまう心の内を、男性にもっと理解してもらえたらと思っています |