男を犯して、子どもを戦士に育て上げる伝説の女戦士部族、アマゾーンを知っていますか? 古代ギリシャ神話は彼女たちの勇姿をいきいきと描いています。 武装した女性で構成され、狩猟の女神アルテミスを崇拝。リーダーは知勇に優れた二人の女王がつとめ、政治はすべて女性だけの手でとり行いました。人類で初めて馬に乗った人々とされ、優秀な騎手であるとともに弓の達人でした。 子供は近隣の部族の男とセックスするか戦争で得た捕虜を犯して得ます。男の子は父親のもとに返すか荒野に捨て、女の子だけ手元に置き戦士として育てるのです。 彼女たちは小アジア(現トルコ)のテルモドン川(現テルメ川)下流のテミスキラを本拠とし、一時はその武勇でアナトリア半島を席巻、エフェソスなど数々の街を創設しました。 彼女たちは実在したのか?しかし、ヘラクレスをはじめとする英雄たちとの戦いによって衰退し、最後はアキレウスに女王ペンテシレイアを討たれ滅びたとされています。 女によって統治された女戦士の集団。アマゾーンの伝説は、これまで長く荒唐無稽な作り話であると考えられてきました。しかし、1994年、アメリカの女性考古学者ジーニー・デービス・キンバルは、ロシアの草原ポロコヴカで古墳を調査中、衝撃的なものを発見します。それは、矢じりや剣などとともに埋葬された女性たちの骨でした。 手には弓弦をひいた跡があり、坐骨は乗馬のためにすり減っていました。副葬品の豪華さからも、彼女たちが部族のなかで重要な地位を占め、武器を取って戦える戦士であることは明らかでした。 デービスは古墳に眠る彼女たちの姿をこう表現しています。 「骨はしっかりしていてタフ。170センチ以上ある人も何人かいるわ。皆、大きくて活き活きとして強そう。そして誰もがきっぱりと自立しているの」 彼女たちはサルマタイと呼ばれる、紀元前700年頃、黒海付近を駆けまわっていた遊牧民でした。そして、この発見によって、アマゾーン伝説の信ぴょう性も高まりました。なぜなら、古代ギリシャの歴史家ヘロドトスによると、サルマタイ人は他の遊牧民スキタイ族を父に、アマゾーンを母にして生まれた民族とされているからです。 女性優位社会が育まれていた痕跡アマゾーンの一部はギリシャとの戦いに敗れた際、奴隷として船でギリシャに連れ去られそうになるのですが、反乱を起こし乗員を皆殺しにしてしまいます。しかし、操船のやり方は知らなかったため、嵐にあって黒海の北岸に漂着。そこでスキタイの若者に求婚され、新しい民族を作ったというのです。 デービスは、自分の発見をアマゾーン伝説と結びつけることには慎重ですが、オーストリアの歴史家、ゲルハルト・ポーラーはギリシャのリムノス島や黒海南岸に広がる女性優位社会の考古学的痕跡をもとに、アマゾーンに関する大胆な仮説を唱えています。 彼によると、もともとこれらの地域には、新石器時代以来、母親から家系と財産が引き継がれ、家長に女性が就くのも珍しくない、母権的な国家があったというのです。 その傍証の一つに、BC十五世紀から小アジアに覇をとなえた強国ヒッタイトも、おひざ元といってもいい黒海南岸や、エーゲ海沿岸には進出することが出来ませんでした。この空白はギリシャ神話でアマゾーンが活躍した場所とぴったり一致します。また、ヒッタイトの年代記には王が「古い女」と通称される、魔女!のような集団に悩まされたという記録も残っています。 男たちの支配する社会への反抗まだ、ヒッタイトは、アマゾーンと上手くやっていたようですが、BC十二世紀、海の民と呼ばれる謎の民族による襲撃をきっかけに滅亡。空白となった小アジアに、二つの民族が台頭します。一つはフリギア人。もう一つは古代ギリシャ人です。 イーリアスでトロイのプリアモス王は、若い頃フリギア人を助けてアマゾーンと戦ったことがあると語っていますし、アテナイのテセウスは、女王の妹アンティオペーを誘拐し、アマゾーンとの大戦争を引き起こしています。 これらの逸話は、彼らが小アジアへ植民活動をしていくなかで、実際にアマゾーンと激しく衝突した歴史を反映しているのだと思われます。トロイ戦争が女の取り合いで起きたことからも分かる通り、フリギア人も、古代ギリシャ人も、マッチョでマチズモな民族でした。 まわりが次々と、父権的、男たちの支配する社会へと塗り替えられていくなかで、アマゾーンも、男を追放し、女だけのより先鋭的な集団を作り上げざるを得なかったのでしょう。つまり彼女たちは、新石器時代から続く母権的社会を守り抜こうとした、最後の女性たちだったのです。 なぜ彼女たちは滅んでしまったのかそして、彼女たちは強かった。 プルタコスの英雄伝によると、テセウスとの大戦争の際、彼女たちはアテナイにまで侵攻し、男たちを数多殺し、各地に自分たちにまつわる地名を残しています。しかし、奮闘もむなしく、その後の歴史は男主導で進んでいくことになります。 それは、何故? デービスは同様の質問をされた際「やっぱり男のフィジカルの方が強いからかしら?」と答えていますが、私は違う考えを持っています。 武勇の差ではなく、現代の女性も直面している、出産と育児の問題だったと思うのです。 トロイの戦争後、男の英雄たちが故郷に戻ると、彼らには成長した子供が待っていました。しかし、アマゾーンの女王ペンテシレイアは子供を得ることは出来たのでしょうか? 戦争に参加した女戦士たちは、生命を再生産する営みに参加することは出来ません。しかし、男戦士の場合、家に残した女たちに、自分たちの子供を孕み育ませることが出来るのです。 さらに、次代を担う子供の数は男でなく女の数に依存するので、男戦士が死んだところで、別にどうってことはないのですが、女戦士の場合は、集団の維持に即打撃を受けます。 アマゾーンは“専業主婦”に負けた?つまり彼女たちは男に負けたわけではではないのです。彼女たちは、男の後ろで「家」を守った女たちに負けたのです。 この不愉快な事実を暗喩するように、ヘラクレスをそそのかしアマゾーンに最大の打撃を与えたのは、女神ヘラでした。彼女はゼウスという浮気性の夫を持ち、結婚生活がちっとも幸せそうでないくせに、貞節と結婚、そして母性の守護神なのでした。 では、アマゾーンの夢、女性が自身の意志を貫ける社会を築くという夢はついえたのでしょうか。 決してそんなことはありません。この連載を読んだ方たちは既に彼女たちの子孫の物語を知っています。 「意思を持つ」女たちの系譜アマゾーンを母とし、女戦士の習俗を守ったサルマタイ人は、スキタイが滅び、古代ギリシャ世界も崩壊した後も生き延び続け、ローマ帝国の末期には傭兵として斜陽の帝国を支えていました。 西暦175年、時の皇帝はサルマタイ五千の精鋭からなる部隊を編成、混乱の極にあるブリテンに派遣しました。片道切符だけ渡された決死隊のような任務でしたが、多くの女性戦士を含むこの兵団は、見事な戦い振りを見せブリテン・ガリアに一時的な秩序をもたらします。 彼ら彼女たちはその後もブリテン島に駐在し続け、6世紀にはサクソン人の侵略もはね返します。 サルマタイ人たちはその後長い歴史のなかでブリトン人と同化したようですが、彼らのことを人々は決して忘れなかったようです。その活躍からある宝石のような物語たちが生まれました。 だとすれば、第一話でお話しした、「すべての女が望むものは何か」という問いの答えを知っていたあの美しく聡明な魔女「ラグナル」もまたアマゾーンの子孫だったということになるのです。 |