私にとって、一人で食事をしたり、遊びに行ったりすることは、特別なことではなかった。どこかへ出かけるときに、誰かを誘う発想がひとつもなかったし、それが普通だと思っていた。ところが、昨今「おひとり様」や「ソロ活」といったキーワードが物珍しそうに取り上げられ、その世間の反応を見るたびに、この世界は一人客にとっては生きづらくできていることを実感する。「おひとり様向けサービス」自体は増えていても、世間の目が気になる、という声がまだまだ圧倒的に多い。 それでも私が一人行動を好む理由の一つは、人一倍競争が苦手で、そのくせ優越感を抱きたい気持ちがあるからだ。誰それの服のセンスがいい、誰それの女子力が高い、逐一比べられる世界から、自由になりたかった。一人の世界は比べる相手はどこにもなく、それでいて「どこにでも一人で行ける自分」、「ほかとは違う自分」でいられる優越感があった。私は、この優越感を悪いことだと思わない。誰かを貶すわけでもなく、私の、私による、私のための自己完結している優越感。 この連載は、「アラサー女性のための一人行動ガイド」というテーマである。競争社会に疲れた女性や、人と違ったことを始めてみたい女性たちにとっての一人行動の一助となるべく、めくるめく一人の世界を案内していきたい。 作り方を習うお教室モノほど、一人行動向きのものはない初回は石鹸作りに行ってくることにした。私は、物作りはすべからく一人ですべし論の急進派だ。作り方を習いに行くお教室モノほど、一人行動向きのものはないと断言してもいい。一人なら、作る過程で理解が遅くてもよく、自分のペースで教われる、完成品の出来を人と比べなくて済む、作りながら楽しい会話の提供に気を遣う必要がない、悠々と作ることに集中できるとはなんと気楽なことか。 この教室で作られた石鹸 使うのはボウルに計量カップ、はかり、泡だて器、へら、油、ハチミツ。どう見てもお料理教室が始まる気しかしないが、作るのは石鹸。あくまでも石鹸。
作り始める前に、先生から石鹸の仕組みについての説明があった。 「石鹸は、脂と水とアルカリが混ざったもの。脂の中にある脂肪酸とアルカリが結合し、“鹸化(けんか)”して石鹸になる、という仕組みです。作る際に、よく混ぜておくのが大事。苛性ソーダが混ざりきっていないと、肌が荒れてしまいます。出来上がったばかりの石鹸はアルカリが強く、そのまま使うとヒリヒリしてしまうので、3〜4週間ゆっくり熟成させて下さい。そうすると、だんだんアルカリがマイルドになってきます」
今日使うのはオリーブオイル(カモミール抽出油)、ひまわり油、ひまし油、スイートアーモンドオイル、ココナッツ油、パーム油の6種類。使うオイルによって仕上がりも変わってくるのだが、石鹸を作る人の間では比較的オーソドックスな配合なのだという。特に、アーモンドの油は、肌によく、気持ちのいいふかふかした泡ができる効果がある。ひまし油はどろっとした粘性の高いもので、食用では使われないが、リップグロスの材料などに使われている。粘性が高い油が配合されることで、せっかく泡ができてもすぐ消えてしまわず、泡の持ちがよくなるのだそうだ。 使うオイル類 材料をはかって混ぜるくらいで、わりともう佳境ふわふわもちもちの石鹸を夢見て、作り始める。まずは、苛性ソーダの分量をはかり、水で溶かす。ここが地味ながらも最も大切なポイント。苛性ソーダの溶け残りがあると石鹸の中に混ざり切らないので、しっかり溶けきるまで混ぜる。 理科の実験のときに危険物って習った苛性ソーダ 苛性ソーダは水分と反応して高温になっていくため、オイルと同じくらいの温度(38℃〜45℃程度まで)になるまでしばらく冷ます。オイルと苛性ソーダの温度が近いほうが混ざりやすいので失敗が少ないのだ。冷ましている間に、オイル類をはかって混ぜる。 油どぼどぼ ココナッツ油とパーム油は融点が35℃くらいのため、湯せんで溶かす。これらの油は、石鹸を固くする役割を担っている。柔らかいオイルばかりを使うと、溶けやすい石鹸に仕上がるのだそう。 ココナッツ油とパーム油が容器の中で固まっている オリーブオイル(カモミール抽出油)を嗅いだら、香ばしかった オイルをすべて混ぜて、はちみつと、香り付けのアロマオイルを入れたら、いよいよ苛性ソーダも混ぜる。材料をはかって混ぜるくらいしかしていないのに、わりともう佳境である。 お好みでアロマオイルを入れる 手作り石鹸へ我が子のような愛着が日ごとに増しているちなみに、手作り石鹸と市販の石鹸の違いを聞いてみると、 「手作りの最大のメリットは、オイルと苛性ソーダの配合を自分で決められる点です。市販の製品は、99.9%が石鹸で、残りがオイルの潤い成分。これは、潤い成分が0.1%しか残らないように、削ぎ落しているんです。なぜなら、市場で売る石鹸の配合の割合がそのように決められているから。 手作りだと、もう少しオイルの潤い成分を残すことができます。今回の場合は、7%がオイルのままで、93%が石鹸、という配合にしています。この“オイルのまま残す”のを“DCT”と呼びます。乾燥肌で、もっと潤いがほしい場合は、DCT10%の配合で作ってもOK。せっかくいいオイルを使って作っているから、肌に必要な油分は残したいですよね。その油分(潤い成分)のコントロールが、手作りだと好みに合わせてできるんです」
短時間でずいぶん石鹸の仕組みに詳しくなった気持ちになりながら、次の工程へ。すべて混ぜたものを、泡だて器で混ぜていく。 お菓子作り感 混ぜる時間は、目安20分。表面に跡がつくくらい、もったりするまで静かに混ぜる。 写真のように、表面に泡だて器の模様がつくようになったらOK 混ざったら色付け。何等分かに分け、一部に未精製のパーム油を入れる。未精製パーム油の中の天然のカロテンにより、オレンジ色に着色される。 奥のほうのビーカーに未精製のパーム油をイン。色が濃くなった 色付けしたものと、色付けしていないものを順番に層になるように容器に入れていく。 容器はプラスチックの型か紙の型を選べる 表面に乾燥カモミールを散りばめる 完成 あとは持ち帰って、3〜4週間熟成させ、立派な石鹸になるのを待つのみである。タオルなどで包んで温度を高めに保つほうが、熟成が進みやすいとのことだ。 そして、3週間後。箱をあけ、いびつな形に出来上がった石鹸を、ザクザクと包丁で切る。 実際に使い始めて数週間、なるほど確かに市販の石鹸よりもずっと滑らかでしっとりとした洗い心地で、何より我が子のような愛着が日ごとに増している。人との関わり合いに疲れた日は、この石鹸で体を洗うようにしている。 |