初の著書である自叙伝『うらやましい人生』(新潮社)を上梓したミッツ・マングローブさん。社会の中における自分の人生を客観視した本書は、彼女の人生の記録であるのはもちろん、女装論や芸能界(ショービジネス)論でもあり、ひとりで生きる人達へのエールでもあります。40歳という節目を迎えた彼女に、自叙伝を出版した現在の心境と、今後の人生について、そして社会について伺いました。 あたしたちって、自分たちの価値観だけで成立しちゃう狭い世界で生きている――「まえがき」に、敢えて40歳という節目をつくり、これまでの人生の「言い訳」を書こうと思った、とあります。その後、40歳の誕生日を迎えた今の心境は? ミッツ・マングローブさん(以下、ミッツ): 39歳から40歳までの1年間、キャンペーンを張って、いろいろなことを強引に年齢に絡めながら仕事をしてきました。それがいざ40歳を迎えてみると、びっくりするくらい何の感慨もないんです。カウントダウンまでは盛り上がって、年が明けたら「こんなもんか」みたいな……。40歳になった途端に膝が痛み出すわけでもないし、実感がなくて当たり前ですけどね。 ――この本を出すまで、年齢という物差しはお持ちでした? ミッツ:ぜんぜんなかったです。年相当という価値観がわからない。給料や貯金が何歳ならいくらくらいだとか、東京でひとり暮らしをすると電気代がいくらくらいかかるのかとか、何歳で結婚して、何歳で子どもを生むと、いつぐらいから親っぽくなるのかといった、いわゆる“相場”がまったくわからない。 あたしたちって、年齢の尺度がなくても、自分たちの価値観だけで成立しちゃう狭い世界で生きているところがあるんです。それなのに、あんまりよろしくないんだけど、「なんでもわかってますよ」みたいな顔をしている。「たまには自分たちがいかに知らないのかを知らなきゃね」ということで、世の中の相場と自分の距離を確認してみようと思って、意識的に人に質問したりしてみました。 ――結果、どうでした? ミッツ:けっこうな浦島太郎状態でしたね。一番びっくりしたのはBluetooth。「携帯電話とスピーカーが無線で繋がるの!?」みたいな(笑)。 女装は“不治の病”。やめた自分が想像できない――年齢や相場を意識するキャンペーンもそうですが、今回自伝を書く作業も、社会の中での自分を相対化する作業だったと思います。 ミッツ:書き上げた直後はとっても整理がついたので、言葉につまることなく発言ができたりして、他の仕事もしやすかったんです。でも、2か月くらい経つと何を書いたか忘れちゃって元の木阿弥(笑)。これまでの人生をまとめちゃったことで、全然違う考えが芽生えて、よりとっちらかる可能性もあるし。人は本を書いたくらいじゃそんなにクリアにならないんだな、というのが正直な感想です。 ――「芸能の世界」と題した第7章を読んで、この本はミッツさんが「芸能の世界」で生きていく決意表明のように見えました。 ミッツ:そう思いました? 自分ではそこはわからないです。すべてが行き当たりばったり、出たとこ勝負なので。先々のことを見据えてその通りになったこともないし、自分の想像や願望を当てにはしてないんです。 ――当てにするのはご自分へのニーズですか? 記者会見で「女装をやめることはあるんでしょうか?」という質問に対し、「それは世間様次第。それで商品価値が上がるのならやめるのも面白い」とおっしゃったように、自分を商品として客観視しているように感じました。 ミッツ:「世間様次第」というのは本音でしょうね。ただ、世間に求められるからといって、女装がやめられるものなのかはわからないです。女装は“不治の病”だと思っているので、やめた自分が想像できない。やめられるものなら、一度「女装をやめる自分」を実感してみたい。 性的マイノリティをもっと利用して、外交面の武器にすればいいのに――商品価値という点でミッツさんは、「テレビが求めるステレオタイプなオネエになったほうが生きやすいのにどうしてもできない」という趣旨の発言をされていました(フジテレビ『ミレニアムズ』)。テレビの中だけでなく、すべてのマイノリティが生きやすい社会はどうやったら作られると思いますか? ミッツ:それは無理だと思う。マジョリティってものがあるかぎり、マイノリティは存在するし、マジョリティの中でも生きづらい人はいますから。ただ、性的なマイノリティに関して言えば、私は全然生きにくくないどころか、むしろすごく生きやすいと感じています。特に最近は、こっちが「え? もっとこだわらないの?」って拍子抜けしちゃうくらい、いろいろと話が早い。 ただ、もっと整備されなきゃいけないこともあるのに、「性的マイノリティも生きやすい世の中になったんだから満足でしょ。これ以上贅沢を言うなよ」という風潮には差別的なものを感じます。 ――整備されなければいけないこととは? ミッツ:法整備はまだまだですよね。個人的に思うのは、日本はアメリカほど頭が固くないし、宗教観もガチガチに縛られていないんだから、性的マイノリティをもっと利用して、外交面の武器にすればいいのにって思います。嫌々でも性的マイノリティを飲み込んで法整備しちゃえば、先進国として国際社会にアピールできるし、外交を一歩リードできる。なのに日本政府はやらない。馬鹿だなと思ってます。 もちろん潜在的な差別や嫌悪感は存在するけれど、そこを取り除くのはこちらのエゴだと思うので、お互い大人として表面的に利用し合えればいいと思うし。楽観的すぎると言う人もいますけど、一度法律が整備されちゃえばこっちのもんだとも思ってます。 パソコンで見たヤラシイ動画は必ず消してから寝るようにしています――もしも人生に、次の節目をつくるとしたら? ミッツ:40歳までは必ず生きると思ってたんですけど、今は明日死ぬかもわからないという心境なので、「鬼が笑う」感じです(笑)。 ――自分の未来に対する欲望がないんですね……。 ミッツ:性欲と食欲くらいしかないですから。物欲も、自分の中で「これくらいはあったほうがいいんじゃないか」という基準にしたがって買い物に行ってるくらい。自分を律してると実感していたいんです。親が死んだらどうでもよくなる気がするんだけど、せめて粛々と生きようと思ってます。 ――終活ってしてますか? ミッツ:あ、全然してないです。だけど去年くらいから、パソコンで見たヤラシイ動画は必ず消してから寝るようにしています。もしもそのまま死んでしまった場合、現場検証に来た人に、人生最期のオカズがばれると悔しいでしょ(笑)。 ――なんかわかります(笑)。では最後に、この本が読んだ人にとってどんなきっかけになったらいいと思いますか? ミッツ:そんな大それたことはまったく考えてないです。オカマとか女装に対する好奇の目を逆手にとって、いろいろと意地悪なことも書けたので、好奇心を満たしていただいたり、下世話な話のネタにしていただければ十分です。あと、「読んじゃいけないよ」と言われているものを読むことに意味があるとあたしは思うので、子どもには裏本感覚で「親に隠れて読めよ」って言いたいですね。
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