この数年間、男性不妊が注目され、「不妊が女性ばかりの責任にされるのはおかしい!」という声が高まっています。確かに、なかなか妊娠しないカップルが検査を受けると、男性側に「精子が少ない」「精子があまり動いていない」などの問題が見つかることも珍しくありません。 今回は日本で出産ジャーナリストの河合蘭さんに、男性不妊治療の最前線について教えていただきます。 「精液検査」は最低2回受けること男性の不妊はどこで調べてもらえるのでしょう? 最初の検査は産婦人科で大丈夫です。男性の初期検査としては「精液検査」があります。マスタベーションで採取した精液を提出し、顕微鏡で見ながら一定面積内にいる精子を数えたり、運動の様子や形を観察した結果が伝えられます。専門施設には、プライバシーに配慮した専用の採取室があることが多いですね。 精液検査は精神的なハードルが高いとよく言われ、男性が一大決心をして受ける検査というイメージがあるかもしれません。でも実際のところ、精液検査はかなり曖昧なものです。同じ人でも、日によって数値が大きく変動します。 次のグラフを見てください。これはある男性の精液内にいる精子の数を記録したものです。その日の体調などにより、グラフが激しく上下して、桁が一つ違うほど差があるケースも見られるのです。ですから、精液検査は最低でも2回は検査を受けて、少しでも精度を高める工夫が必要です。 精液検査を一度受けてみて、数字が悪い人でも、他の日に受ければ数字はよくなるかもしれませんし、逆に一度目はよくても二度目が悪い人もいます。ただ、2回以上、受ければ医師もだいたいの傾向はわかるので、数値が「低め」であれば自然妊娠は難しいという見通しが立ちます。 人工授精を試すなら6回まで卵子に精子をふりかける「体外受精」、卵子の壁を破って精子を人為的に入れる「顕微授精」は、男性不妊の分野で非常に大きな成果をあげています。 精子が少なすぎたり動きが悪かったりすると、卵子のいる卵管まで泳ぎ着けませんが、こうした方法なら精子は「泳ぐ」必要がありません。しかも、顕微授精なら、必要な精子は1個だけ。つまり、精子がたった1個でもあれば妊娠可能ということです。 この技術は今まで子どもを諦めていたたくさんのカップルに道を開いたので、不妊治療の歴史に燦然と輝くブレイクスルーの一つとされています。 精液検査の結果が「非常に悪い」というわけではないなら、調整した精液をカテーテルで子宮の中まで送り込むだけの「人工授精」も選択肢としてあります。体外受精、顕微授精は1回につき20万円台前半?80万円と大変高額ですが、人工授精なら数万円ですみます。可能性のある人なら、たいてい5、6回以内(40歳前後なら2、3回以内)で妊娠するので、それまでに妊娠しなければ体外受精や顕微受精を検討することになります。 無精子症でも精子が見つかる可能性がケースによっては、男性側が治療を受けるという選択肢もあります。 医療施設によっては、精液検査の結果が悪ければ、男性不妊を専門とする泌尿器科にかかるよう提案されるでしょう。泌尿器科では、精巣などの男性生殖器を超音波検査や触診で調べたり、血液検査をしたりします。日本で男性不妊を診られる泌尿器科の医師は数がとても少ないですが、不妊治療専門のクリニックでは週1回ほど外部の泌尿器科医が外来を担当していることもあります。 診察結果によっては、治療可能な疾患が見つかることも。一例を挙げると、精巣の静脈瘤があるために精巣の温度が上がり、精子にダメージを与えている「精索静脈瘤」。外科手術により治療可能で、精液検査の結果が改善する割合は5?7割と限られていますが、これで自然妊娠ができるカップルもいます。 男性不妊の治療には、精子が精液中に1個もない「無精子症」の男性の精巣を切開して精子を探し出す手術もあります。採れる人ばかりではないのですが、もし精子が見つかれば、それを使って顕微受精を行うことができます。この無精子症の手術は、費用の補助制度を新設する自治体が次々に登場して話題を呼びました。 ただ、話題のこの手術も、対象となる男性はごく一部です。男性不妊のほとんどは、すでによく知られている女性に対する治療(人工授精、体外受精、顕微受精)のみを行うことになります。 「どちらに責任があるか」にこだわらない男性不妊なのに、最終的には女性の身体に対する治療になってしまう現状は、おかしいような気もしますね。ただ今の不妊治療は効果においても、負担においても、女性の身体に施す治療の方が進んでしまっているのです。 そして、ここでも問題になるのが、女性の側の年齢。女性の年齢が高くなると、できるだけ早く顕微受精をして妊娠にもっていかねば、ということになります。結局のところ、不妊は男性不妊と女性不妊にきれいに分かれるものではなく、「男女どちらに責任があるか」にこだわる意味はないのです。 WHO(世界保健機構)の報告によると、「男性に原因あり」「男女ともに原因あり」を合わせると男性側に何らかの理由があるケースは全体の約半数にのぼります。しかし、卵子の質は検査できないし、不妊には男女ともにまだ知られていない理由がたくさんあるでしょう。男性も女性も、わかる範囲内の情報をすみやかに得たら二人一緒に、二人にとって有利な作戦を考える。それが近道になるでしょう。 |