安藤たかゆきさん 厚生労働省が平成23年に行った調査によると、日本では320万人もの人がなんらかの精神疾患により医療機関を受診している。(参考ページ)こころの健康を指すメンタルヘルスが社会問題として取り上げられるようになり久しいが、依然として患者は増加傾向にある。メンタルを病む患者が増えているとはいえ、精神科、それも入院とまでなると、さすがになじみがないという人も多いことだろう。今回は、自身の精神科病院入院生活を描いたコミックエッセイ『こころを病んで精神科病院に入院していました。』(KADOKAWA)を上梓した安藤たかゆきさんに、入院生活の実態や現代のメンタルヘルス問題について聞いた。 自傷行為や他人を傷つけるかどうかが入院の基準――なぜ安藤さんは、精神科病院への入院生活をコミックエッセイにしたのでしょうか。 安藤たかゆきさん(以下、安藤):お世話になった主治医の先生と看護師さんにきちんとお礼を言っていなかったので、「ありがとうございました」と伝えたくて描きました。 ――常にニコニコと患者さんに接している看護師さんの姿が印象的だったのですが、安藤さんは看護師さんのどんなところに感謝を感じていましたか? 安藤:患者と適切な距離感を保ちながら優しく接することができるところですね。患者に対して距離が近過ぎると、看護している側も影響されて心が病みがちなのですが、一定の距離を保ちながらも、献身的に強さと優しさをもって接してくれていたのがすごいと思いました。 『こころを病んで精神科病院に入院していました。』より ――そもそも、精神科病院に通院する人と入院する人の病状の違いは何なのでしょうか。 安藤:入院が必要と判断されるのは、自分で自分をコントロールできない人たちのようですね。一人にしておくと自傷行為や他害行為(他人を傷つける)をしてしまうかどうかが入院の基準になるようです。 食欲・性欲・睡眠欲がない入院患者たち――精神科と他の科で一番違うところはどこだと感じましたか? 安藤:他の科に入院したことがないので比較はできませんが、入院中は誰からも責められることがなかったので、気持ちのうえでは安住の地でもありました(笑)。 ――作品内では、病院にいれば幻聴かどうかが分かって安心できるとありましたね。同じ病室の患者さんたちが諍いもなく、意外と穏やかに生活していることに驚いたのですが、どのような方が入院していたのでしょうか。 安藤:人間としての欲がすっぱりと抜け落ちている人が多かったと思います。偉ぶる人もいませんでしたし、食欲・性欲・睡眠欲もない、まるで去勢されているかのような大人しい印象の人たちが多かった気がします。 ――病室に金庫があるのに誰も使っていないことも描かれていましたが、それくらい欲がないのですね。集団で生活していると、何かしら諍いが起こりそうですが、本当に患者同士のトラブルはなかったんですか? 安藤:なかったですね。みんな基本は臆病なんです。何に臆病かというと、人を傷付けることに臆病な人ばかりで、絶対に傷付けたくないと思っている。実際にたくさんの傷を受けてきた人たちだからこそ、他人に優しくなるのではないかと思いました。 ――入院生活の中で一番の楽しみは何でしたか? 安藤:朝のラジオ体操です。ラジオ体操の時間は中庭に出られるんですが、病院の外に出られる機会がそのときしかなかったので。 ――では、入院生活で辛かったことや不便だったことはありましたか? 安藤:普段はあまり意識していないのですが、ふと「自分はいま病院に閉じ込められているんだ」という事実に気づくと、なんとなくですが閉塞感を感じていたように思います。 ――食欲がなくても黙々と食べるシーンがありましたが、食事の際に無理やり食べさせられたりするのでしょうか? 安藤:看護師さんがその日の患者さんの体調をチェックするので、無理にでも食べないと、そのチェック欄にバッテン印がついちゃうんです。そのバッテン印を見て、主治医が「退院はまだ先ですね」と。私なんかはマル印をもらうためだけに無理やり食べていましたね(笑)。 精神科を受診する人のこころのクセ――最近ではメンタルヘルス患者やその病状に対する偏見は減ってきているように思いますが、それでも精神疾患を患うのは「その人のこころが弱いから」などの認識を持たれることもあります。安藤さんはそのような意見についてどう感じますか? 安藤:こころの強さ・弱さについてはちょっと違うんじゃないかな、と思っています。精神科を受診する人たちは、何かに失敗するとすべて自分の責任だと思い込む、責任感の強いタイプが多いような気がしています。自分のせいではないことも自分のせいにしてしまって、結果、心に限界を来してしまう。それを「弱い」と言ってしまうのなら、そうなのかもしれませんが。じゃあ何でも他人に責任転嫁できる人が「強い」のかというとそれもまた違う気もします。 ――今作を描いたことで、今後世間の人に精神科病院に対してこんな思いを抱いてほしいという希望がありましたら教えてください。 安藤:医師や看護師さんなど、現場スタッフの頑張りにも目を向けてほしいと思っています。 今の医療は患者たちをしっかりと観察することで、病棟内では自由にさせておいてくれています。それは現場の医師や看護師さんたちの努力で成り立っていると私は思っています。その優しさと自由が患者にとって本当にありがたいんです。 自慢するくらいの軽いノリで精神科を受診してもいい――もしかして自分は精神疾患を患っているかもしれない、と思っても、精神科に行くことに抵抗を感じる人も多いと思います。どうすれば気軽に精神科を受診できるようになると思いますか? 安藤:個人的には「自慢するつもりで受診したらいいじゃん!」って思っています(笑)。「オレ、精神科受診しちゃってさ?」くらいの軽いノリで。太宰治みたいでかっこいよくない!? 的な感じとか(笑)。 『こころを病んで精神科病院に入院していました。』より ――今、メンタルヘルスで悩んでいる方にメッセージをお願いします。 安藤:「なにごとも8割が大事」という言葉を伝えたいです。食事も腹八分目というじゃないですか。仕事も八分目。なんでも、頑張ればもうちょっとできるけど、今日はこれくらいにしておこう、くらいの姿勢が一番長続きすると思います。実際にこころを病んで入院した私としては、全力を尽くすことだけがベストだとは思いません。なにごとも若干余力を残すほうがいいと思っています。 |