「本番! ヨーイ、ハイッ!」 監督の鋭い声に助監督のカチンコの開始音が響く。日曜日の朝の10時前、兵庫県明石市の明石海浜公園で撮影は始まった。 「これほど自然や歴史、食文化が豊かなのに明石は神戸や姫路の影に隠れがち。素敵な街であることを知ってほしい」 そう語るのは「スタジオグリタ」主宰の竹内みのる監督。明石市を舞台にした映画『子午線に吹く風』を撮影中だ。この映画には、明石市を通る日本標準子午線(東経135度)から着想を得たキャラクター、時を司る神「時刻神」や明石名物「卵焼き」(明石焼)などが登場。誤解から恋人の航平と別れ、周囲にも心を閉ざすようになった主人公・麗子と、ふたりの別れにより歴史が狂わないよう時空間を超えて奮闘する時刻神の関係を描く。 映画のキーマンである時刻神を演じるのは地元明石市から周辺の播磨町、姫路市などでも活躍するフォークシンガー「ふじやん」だ。 しかし、スタジオグリタのメンバーには映画撮影や芸能活動で生計を立てている人はいない。新聞などで告知されたオーディションによって集まったメンバーは、会社員や学生、主婦など。学生時代演劇部に所属していた人、エキストラ経験がある人、舞台俳優、朗読劇をしている人など様々な経験の役者7人が休日に集まり演技や撮影をしている。 監督の熱っぽい演技指導に応え、堂々と麗子を演じる黒いワンピースの女優は怜亜(れいあ)さん。彼女は、今まで映画出演どころか演技の経験が全くないという。そんな彼女に、この映画に関わることになった経緯を聞いた。 発声を習うために声優教室に通うことに――何がきっかけで映画出演することになったのですか? 怜亜さん(以下、怜亜):2年前、転勤で関東から明石にやってきたんですが、数年間しか明石にいられないから、地元で開催される様々なイベントに積極的に顔を出してました。地元の広報紙でスタジオグリタが主催する声優教室を見つけ、発声の仕方を習うため教室に通うことにしたんです。私、会社で営業だから、声とかしゃべり方とか大事だなって思って。声優教室の課程が終わった後、他の生徒と共に竹内監督から「映画に出てみないか」と声をかけてもらったんですよ。 ――働きながら映画に出るのは大変ではありませんか。 怜亜:撮影は日曜日なんですが、出演者の希望に合わせてスケジュールを調整してもらえるんです。だから、仕事との両立で悩んだことやプライベートが犠牲になったことはありませんね。 みんなでひとつの映画を作り上げる雰囲気――役作りで何か心がけていることはありますか? 怜亜:この映画、結構怒るシーンがあるんですが、普段は私、あんまり感情を爆発させないんですよ。いつもと違う感情の出し方するのって面白いですよね。 自分が演技をするほかに、スタッフと監督が映像を撮る位置とか撮る角度とかを真剣に打ち合わせをしているところを見るのも好きなんです。役者だけでなくスタッフが関わって、みんなでひとつの映画を作り上げる。そういう雰囲気を感じるとがんばろうって思いますね。 スタジオグリタでは役者と撮影スタッフを兼ねているメンバーが多く、映画製作における役割があえて固定されていない。役者たちは自分の出演シーンでない時、カンペを書いたりカメラマンに日傘をかけたりと積極的に手助けしていた。カチンコの男性もエキストラの経験があるが、スタジオグリタに入り、演技以外の役割を担うことで「ここで映画を本格的に学んだ」と話す。大所帯の商業映画とは違い、様々なポジションで指導を受けられるので映画について幅広く学べるという。 転勤の間、その地域にいることを積極的に楽しみたい――映画に出ることで、生活に何か変化はありますか。
怜亜:映画が縁で知り合ったアーティストのイベントに参加したり、活動を応援したりすることで活動範囲は広がったかな、と思います。 怜亜:身の回りにも転勤で来た人がいますが、地域のイベントに参加したりしている人って少ないんです。そこにいられる期間は限られているのだから、積極的に楽しまないともったいないって思います。 |