『貧血大国・日本』(光文社新書)の著者である山本佳奈(やまもと・かな)さんは、日本で見過ごされてきた女性の貧血問題に警鐘を鳴らし、その知見を広めるべく尽力している医師のひとりです。日本で蔓延している貧血問題の大きな弊害のひとつに、女性の一大ライフイベントである妊娠と出産があります。山本さんは「とくにこれから妊娠、出産する可能性があるすべての女性は、貧血の問題を必ず知ってほしい」とまで言い切ります。連載第2回目となる今回は、妊娠期と出産期にまつわる貧血のリスクとその対策について話を聞いきました。 【『貧血大国・日本』インタビュー 一覧はこちら】 母体の貧血がお腹の赤ちゃんへ及ぼす健康被害――妊娠・出産期の女性と貧血の関係は、山本さんにとってとくに重要なテーマだとか。 山本佳奈さん(以下山本):私が貧血というテーマに深い関心を寄せるようになったのは、病院実習の現場で「妊婦の貧血が胎児に影響する」という話を耳にしたことがきっかけです。 恥ずかしながら、私は大学生のころ何度献血に行ってもできた試しがありませんでした。「女性は貧血になりやすいから仕方ないや……」と放置していたのですが、この話を聞いてからは医師としてだけでなく、将来は子どもを持ちたいと願う一人の女性としてもないがしろにしてはいけない問題だと思ったんです。 ――妊婦が貧血であることによって、赤ちゃんにはどんなリスクが伴うのですか? 山本:妊娠初期から中期にかけて貧血だった妊婦の子どもは、低出生体重児が生まれるリスクが1.29倍、また早産のリスクは1.21倍上がります。一方、鉄剤を服用することで低出生体重児が生まれるリスクは19%減るということがわかっています。 ――妊婦はなぜ貧血になりやすいのでしょう? 山本:妊娠期は、酸素や栄養を胎児に送るためにより多くの血液が必要になり鉄の需要も増えます。また分娩時の多量出血に備えて、血漿(けっしょう)量が最大47 %、赤血球は17 %増加します。相対的に血漿の方が赤血球よりも増えるため、血液中に占める赤血球の割合が低下するのです。結果血液が薄まり、貧血は悪化しやすくなるというわけです。 妊娠後に貧血治療をスタートしても、時すでに遅し?――妊婦の貧血は改善できるのですか? 山本:はい、妊婦さんの貧血は鉄剤を飲むことで低出生体重や早産のリスクは改善されるのですが、服用の障害になるのが「つわり」です。鉄剤の副作用として、吐き気や胃のムカムカ感があるので、つわりでつらいなか鉄剤を飲むのは困難を極めます。 血液検査で重度の貧血だとわかっている方には、低出生体重児が生まれるリスクや早産のリスクを説明してがんばって飲んでいただきますが、やや貧血傾向があるくらいのレベルだと「食事から鉄を摂れるようにがんばりましょう」と提案されるだけの場合も多いです。 ――ちなみに、鉄剤を服用したからといって「一安心」というわけでもないそうですね。 山本:はい、鉄剤を飲み始めても貧血が改善されるまでには1〜2ヵ月かかります。妊娠がわかるのは6週目くらいですから、ここから飲んでも妊娠10週目くらいにならないと貧血は改善されません。 しかしこの10週目あたりまでが、胎児にとってきわめて重要な時期なんです。妊娠3〜8週目に、循環器系、呼吸器系、消化器系、神経系が形成され、8〜11週目に臓器が働き始めるからです。 妊活中の人は一刻も早い貧血治療をスタートさせて――ということは、妊娠がわかってからあわてて貧血を改善しようと思っても間に合わないということですか? 山本:そうです。妊娠がわかってから貧血対策をとっても、「時すでに遅し」ということになりかねないのです。大事な妊娠初期に母体が貧血だと、お腹の赤ちゃんに何らかの後遺症が出ても不思議ではありません。 将来妊娠を望んでいる若い人や、いま妊活中という女性には、一刻も早く貧血治療を開始してほしいと思います。 ――元気な赤ちゃんを産むためにも、鉄は欠かせない栄養素だということですね。 山本:葉酸の必要性は強く訴えられていますが、鉄に関しては現場の医師たちの認識も甘いと思います。 現在、日本女性の第一子の出産年齢は30代以上が44%、35歳以上は11.7%にも及びます。 高齢出産のリスクを少しでも減らし、元気で健康な赤ちゃんを生み育てるためにも、貧血の問題を“自分ごと”として真剣にとらえてほしいですね。 |